三題噺④:空、黒、石鹸

小説

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三題噺4作目です。
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本編

 昼下がりのファミレスは雑踏にも似た雰囲気がある。決して静かではなく、しかしながらうるさいというには過言である。他者の会話はノイズでしか聞こず、脳内で『気にならない』というフォルダに自動移行されている。
「もう来るから待ってな」
 友人の羽田は、そわそわとした心持ちで声をかけてきた。四人掛けテーブル席の、片側二席を俺と羽田が占領しており、周りから見ると、透明人間が座っているか、ジェンダーレスな関係に思われるかもしれない。
 昨日電話に話しているときに『会わせたい人がいる』と言われ、すぐにこの場がセッティングされた。正直外出は嫌いだったが、数少ない友人の頼みだったので、仕方なく来ることとなった。今日が雨だったら、それでも、断っていたかもしれない。窓に目を向ける。水滴は落ちていないが、分厚く暗い雲は青空を隠している。
 そこに男が一人、店内に入ってきた。外の雰囲気とは対極の、赤のアロハシャツに、明るい青の半分丈のジーパン、野球帽に丸レンズのサングラスを掛けた格好だ。なぜか小走りのような足踏みをしている。
「石鹸パイセン」
 羽田はその人に向かって立ち上がって手を振った。”石鹸”と呼ばれたその男は、声に気付き、こちらに歩いてきた。そして、滑り込むように向かいの席に座った。
「待ちましたよ。パイセン」
「マジで?」
 石鹸さんは、サングラスの縁に付いた銀色の部分を指でつまんでひねり、黒い部分を上にあげた。パーティーグッズのような構造だが、どこかデザイン性のあるオシャレグッズにようにも見えた。腕時計を見る石鹸さん。
「いや、約束の時間通りじゃねぇか」
 慌てさせんなよと石鹸さんは背もたれに体重を乗せた。そして、ちょうど通りかかった店員に声をかけて呼び止め、注文した。
「アイスコーヒを一杯。”いっぱい”って意味じゃないよ。”一杯”ね」
「…はい」と愛想笑いを浮かべて店員は注文を伝えに行った。俺はまだ様子をうかがっていた。この人はどういう人なんだと。”石鹸”というのはさすがに本名ではないだろう。何の説明もしてくれない羽田を見ながら、観察を続けた。
「で、今日は何して楽しむ?」空気を切り捨てて石鹸さんは切り出し、「というか、誰だ? 誰だ、誰だ、誰だー、羽田の隣に座る彼~」科学戦隊のOPのように俺の正体を訪ねた。
「友人の宮名です」と羽田は俺を紹介した。俺は、改めて自分の名前を言いながら、会釈した。
「暗ぇな、もっとはじけろ。クレイモア、どかーん」
 アイスコーヒが運ばれてきた。
「聞いてくださいよ、パイセン」羽田は話し始める「こいつ、最近楽しく生きてないみたいなんですよ。それで悩んでるみたいで。なんで、”楽しい”の達人の石鹸パイセンにアドバイスしてほしいんですよ」
「アドバイスねぇ~」”達人”という言葉で照れ臭そうに笑う石鹸さん。「休日とか何してんの?」
「何も」と俺は答えた。
「『何も』って。24時間あるんだぞ」
「仕事が気になって、気が気じゃなくて……」
「休日なんだから、無視しろよ。楽しめ楽しめ」石鹸さんは言い放つ。「いいか、楽しいは正義なんだ。かわいいと同じくらいにな。自分が面白いと思うことに従え。少なくとも俺は俺でいつも笑っている。だから、めちゃくちゃ楽しい」
 アイスコーヒを一気飲みした石鹸さんは、「こんな話いいからバッティングセンタいこうぜ」と、伝票を持って立ち上がり、行った。
 なるほど、石鹸さん。すべっているけど、すべてをきれいに洗い流いしてくれるような、清々しさがその人にはあった。
「どうだ、気分は?」
「……俺、明日も頑張るよ」
「うん」と羽田は頷く。「まあ、またなんかあったら言えよ。答えは出せないかもしれないけど、一緒に悩むことくらいはできるからさ」
レジの方で来い来いと手招きしている石鹸さん。羽田と一緒に向かった。
「パイセン、おごってくれました?」
「いや、これから。……お前、なめてないよね?」
「なめているわけないじゃないですか。もし今の発言がなめているように聞こえるなら、尊敬しすぎて、逆に、そう聞こえていえるんですよ」
「ああ、逆にな」財布を取り出す石鹸さん。長財布のチャックを開けながら、考えながら、そして振り向き「逆って、どういう意」
「780円ですって」羽田は支払いを促した。
「ああああ、了解」
 千円で支払いを済ませた石鹸さんに俺はお礼を言った。「いいってことよ。ことよー、ことよー、琴桜菊、どすこい」とエドモンド本田の勝利ポーズのような、歌舞伎の見得切った顔で言い放った。我々の次に待っていた客の精算会話が聞こえる。
 扉を開けて、退店。
 二人の後について、外へ出た。黒い靄が消えて、歩く先には青い空が見えていた。

感想戦

4作目。エビデンスは以下です。

『空』と『黒』というお題の汎用性に対し、『石鹸』というワードの限定的な感じをクリアするのに苦労しました。あだ名にするというアイデアを思い付いた時は、自分で自分をほめたいくらいのひらめきでした。
 オチが決まり、石鹸さんのキャラが決まり、そのゴールに向かって書いていくのが結構難航しました。もう少し石鹸さんのギャグ的なものを入れたかったし、オチへの助走ももっとつけたかったです。が、あまり書くと、短編としては読みにくいような気もするし、くどくど書くのもルールに反するかなとも思ったので、この程度にしました。
 本能の赴くまま楽しいことができる石鹸さんには憧れます。理想の生き方。どうやって生活しているのでしょうか?いいなあ~
 何かを感じ取っていただけると、幸いで、幸せです。

アイキャッチ画像は下記より使用させていただきました。ありがとうございます。
フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com


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